前回会ったのはいつだっただろうか。
5、6年前くらいかなとスマホの写真を見てみたら、2017年。
5年くらいか。
感覚的にはもっと会ってないような、もっと時間が経ってるような、それくらいの感覚のひさしぶり感。
看護師として働き始めた頃の、ほんとうにまっさらの新人時代の同期に会ってきました。
会うことと思い出すこと。
看護師として就職したのは関東にある大学病院。
大都会の中にそびえ立つビルが病院で、その隣にある古びた独身寮で3年間暮らしました。トイレ・風呂・台所・洗濯機が共同で、自分の部屋だけがプラーベート空間。
でもその部屋の扉は、下が空気の通り道があるような、廊下に音が聞こえるような扉で、働きながらここに住んだことがいちばんがんばったことのように思えるほど。
独身寮と呼ばれるその古い寮には、地方から就職するためにやってきた新人たちや、その大学病院の大学に通っていた学生が就職をきっかけに入ったりしていましたが、その多くは数ヶ月で普通のアパートを借りて出て行きました。
わたしが配属された病棟は、「天国に1番近い病棟」と言われていて、ビルの最上階にあって物理的にも、そして、入院している患者さんの病気的にも、ほんとうに「天国に1番近い病棟」でした。
そこには、おそらく異例の新人11名が配属され、うち2名は経験者でしたが、主任さんからは「丁寧に教えてあげる余裕はないから、見て学んでね」と言われ、「マジか」と思ったのを覚えています。
それでも、わたしの指導者は丁寧に毎回勤務が終わるとその勤務の振り返りをしてくれたし、段階的に受け持つ患者さんの重症度が高くなっていったので、しっかり指導してもらえたと思っています。
で、そこで一緒に働いていた11人のうちのひとりと、5年ぶりに再会してきました。
福岡に引っ越ししてきていたことは知っていたのですが、コロナということもあって、なかなか会えず、ようやくリアルに会えたという感じです。
実際に会ってみると、近くで話し始めた途端に、これまでの楽しかったこととか大変だったことが一気に、それこそ走馬灯のように、からだじゅうの細胞から噴き出すように出てきました。
東京に出てきたばかりだった私たちは、毎月のようにディズニーランドに行ったよねとか、楽しんで帰ってきたのにそびえ立つビルのてっぺんに病院名が書いてあるのを見てげんなりしたよねとか、独身寮で一緒にお風呂入ったよねとか、ベテランの先輩とお風呂で遭遇して気まずかったことあったよとか、当時の大変だったことや楽しかったいろんなことを、お互いの記憶で補いながら、話し続けました。
お互いの時間をなんとか合わせたたった2時間くらいだったけど、すごく楽しくて、ランチはどんな味がしたかなんて覚えてないけど、おいしかったことだけは覚えている。
会いたいひとには、会おう。
かきこむように食べて、一瞬でも惜しむように話して、そんな濃密な2時間を過ごせたことは、やっぱり当たり前じゃなくて、貴重で尊い。
会いたいね、
なんて話したり、年賀状を見て思い出したりもするけれど、実際に会ってお互いの波長が共鳴しあった時の、思い出が細胞から溢れ出てくる感じは、実際に会うことの尊さを思い出させてくれた気がしました。
「会う」って、おたがいが生きていないとできないことだから。
「じぶんがいつ死ぬかはわからない」
ってことは、よく考えるけど、でもそれは、当たり前だけど相手もそう。
同期が、体調が悪いとかでは全然ないけれど、じぶんのことは「いつ死ぬかわからないから」と考えたりするけれど、他のみんなはいつまでも元気だとなんとなく思っている。
ちょっと気になったりして、元気かな、とか思ったりすることはあるけれど、会いたい人が元気でいるうちに会いにいこう、とかは思わない。
ほんとうは、音沙汰がないだけでしんどい状態かもしれないし、どうしているかもわからない。元気じゃない可能性だってある。
大切な人を失ってからじゃ遅いんですよね。
でも、会いたい、と思った時が行動を起こすタイミング。
会いたいひとには、会いに行こう。
顔を見に、声を聞きに、体に触れに。
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